「新聞は生き残れるか」に関する私的まとめ
日米の環境変化はほぼ同じだ。
【すでに起きたこと】
- 高速ネットの完全普及
- 安価なパソコン(3-4万円)
- 携帯電話の完全普及と各世帯月1万円以上の通信費支出
- デジタルネイティブの世帯主化
- ネット無料文化
- ネット部門が黒字化した新聞社がほとんどない
- マス広告の限界露呈、ターゲット広告に技術的目処
- 新聞の相対的値上げ(メディア関係でデフレしなかった唯一の業種)
【今後起こること】
- 閲読率85%の世代が死に、その70%程度の人口で、閲読率30%以下の世代が世帯を持つ(今後30年間、年率約1.5%で減少する)
- 高速無線ネットの普及(携帯電話網と融合)
- 端末の更なる進化(低廉化)
- 新聞の絶対的値上げ(用紙代などの高騰)
- 広告の費用対効果の明確化要求
- デジタルネイティブの管理職化(広告費の決裁権限を持つ)
では、なぜ、アメリカで新聞社の破綻が続くのに、日本の新聞は生き残っているのか。
【アメリカとの違い】
- 広告の依存比が比較的低い
- Craigslistなどネットと相性のいい広告分野の比重が少なかった
- 平均寿命が5年長い
- テレビ普及が18年遅い(世帯普及率75%は米は1955年、日本は62年(白黒)(カラーは73年)=55歳の人が18歳の時、アメリカのほぼ全家庭にテレビがあったが、日本の半数にはなかった)
- 戸別配達が主流
- 単価が比較的高い
- 折り込み広告による販売店の健全性
- 優良資産の蓄積
- コングロマリットの不在(短期的利益追求が控えめ)
最近の破綻の原因は、90年代に個別社主がコングロマリットに株式を売却した結果、投資銀行出身者が経営に関与し、広告依存比の上昇、ネット部門への過剰投資、買収のための借り入れの爆発的増大によって財務が弱り、金融危機ですべてが逆作用したためだ。要するに、バブルに酔った。日本より大幅に遅れたカラー化もつい最近で、多額の輪転機投資を済ませたばかり。保守的な経営を続けている会社はまだ生き残っている。
(WashingtonPostのカラー化は1999年、NewYorkTimesは1997年で、ウェブサイト開設より遅い)
【アメリカの生き残り策】
- 印刷部門
- コスト縮小(減ページ、紙幅縮小、配達廃止、発行日削減)と人員削減
- 取材部門の縮小(記事共有、ブログ記事取り込み、通信社脱退、海外・首都取材網の縮小・撤退)
- 編集部門の縮小(レイアウト簡略化、記者校閲、海外を含め外注)
- ネット部門
- ビジネスモデルの模索(有料、無料=広告、購読者限定)
- 多角化(不動産・中古車サイトなどの運営)
- 別会社化(成長部門として切り離し、別給与体系(高給のエンジニアと低給のオペレーター)をとる、投資資金確保)
- 統合編集局(速報のネットと編集・解説の紙に分離)
- 読者取り込みとしてのブログ、メールサービス
- マルチメディア化(動画広告の取り込み)
- テレビなど系列統合、系列外からコンテンツ購入(交換)
【ジレンマより無料文化が問題】
有料サイト・購読者サイトを離れ、広告ベースの無料サイトに移った新聞は、深刻なジレンマに陥った。
収入の8割弱を占める広告販売ではクロスセリング(サイドメニューとしてネット広告を売る営業)が採用されたため、新しいクライアント(ネット広告しか使わない顧客)と接触することがなかった。クライアントを拡大するために必要なダウンセリング(より安い代替品を進める営業)を積極的に進める正社員はいなかった。
この隘路から抜け出したのは、別会社化したネット部門が、「印刷部門の対抗会社として」代替品を進め、場合によってはアップセリング(よりパワフルな代替品として新聞広告を進める)する戦略だった。この場合でも、新聞本体を支えるほどの収益は得られていない。
アメリカには、ナショナル広告を取り次いでくれる代理店が弱かったことも影響している。
ジレンマを克服した会社も成功しなかったことと、印刷媒体を持たない身軽な一般新聞が誕生しなかったこと(専業新聞は誕生した)は、(新しい技術によって代替される)純粋な「イノベーションのジレンマ」ではなかったことを示しているかもしれない。つまり、一般ニュースというカテゴリーが消滅する(興味のないことは知らなくても構わない、興味のあることは自ら検索する文化の成立)可能性か、(代替されるのではなく)一方的に価格崩壊した可能性がある。前者は若い世代に起こりつつある。
(あるテーマに興味を持った能動的な人が、専門家による自発的な情報提供を享受する仕組み(ブログなど)によって、「十分代替された」と考える人もいる。しかし、ネット情報の8割はメディアによる第一報に依拠しているといわれている)
NYTimesは、「世界の首都」をベースとして、もっともオンライン化がすすみ、もっとも有利な英語メディアでありながら、収入の2割しかカバーできていない。同紙のバグダッド支局は年間3億円かかる。
業界の致命的なミスは、無料コンテンツを「不足感がない」程度まで広げたため、有料購読を続ける合理的理由がなくなったことだ。価格崩壊を自ら起こしたといっていい。これは広告モデルが成功しようが失敗しようが関係がない。一方で購読料に半分以上依拠している商品とまさに同じ(と一般的に認識されてしまう)ものが、他方で、民放と同様に購読料を払う必要がない商品でもあると矛盾は、必ず解決されてしまう。それは、ニュースに価値はなく、購読料は用紙代と印刷代だという結論になるだろう。その場合、オンラインサイトで課金できるはずがない。
コピーが簡単なデジタルの特性を所与のものとして受け入れ、「ただ乗り」への対策をほとんどしなかった。
技術的手段が完璧でなくても、最低限の対策さえとれば、法律的手段で十分抑制することができたはずだ。(紙の新聞がゼロックスコピーされて大量配布、一般配布されたら、現在でも法的な解決を試みるだろう)
アメリカでは2009年現在、価格を再設定するため、専用Viewer開発、電子ペーパー、1記事1円のようなマイクロペイメント(記事単位課金)などが検討されている。
【フリー空間にプレミアムなし】
広告も、ネットと新聞でプレミアムがどこから生まれるか区別する必要がある。「距離の暴虐」から逃れることができるネットの特性に最も適合するのは、グローバルブランドしかない。航空会社や車、国際的銀行の広告がネットに多いのはこのためだ。一方、新聞広告は全国広告から県単位広告、小売店商圏(折り込み)まで、クライアントの目的に応じることができることが強みだった。
シンガポール航空の広告は欧州の日本人にとっても意味があるが、博多大丸の広告は長崎の人にさえ意味がない。ネット広告の単価が安いのは、紙代・配送代が不要だからだけではなく、
商圏外の読者に対しても、同一人に対する複数回の表示にも、支払う必要があるからだ。例えば、メール広告の単価は、属性付きリストがある場合に10倍程度上昇する。
一般ニュースより専門サイトのほうが単価が高いのは当然で、グーグルのクリック保証型料金体系が人気なのも当然だ。広告スペースが無限にあることもプレミアムを消滅させている。
紙代・配送代は売上げを嵩上げすることはあっても利益ではない。利益は、新聞が提供していた機能への割増金に他ならず、ネット広告で新聞広告を補うことができないのは、機能が減ったからだ。(
折り込み広告の配達単価にすら届いていない)
(WallStreetJournalなどを除き)購読者限定サイトが別料金を徴収しないのは、契約へ誘い込むだけではなく、購読者属性を利用して広告単価を上げることができるためだ。
日本の既存新聞にとって有利な状況は、そのまま、対応先延ばし、変革至難の原因になっている。ネットの影響が軽微であるわけではない。顕在化が5年から10年遅れているにすぎない。猶予を与えられたと考えることもできる。
【アメリカとの違いの別解釈】
- 購読費依存比が高い=「確実に減っていく購読者」が直撃する
- ネットと相性のいい広告分野の比重が少なかった=マス広告が激減する趨勢
- 平均寿命が長い=若中年層向けコンテンツがほぼ皆無
- 単価が高い=大半は配達経費に使われている。アメリカより早く「年間購読費でパソコンが買える水準」に到達した。
- 戸別配達制度=発言力の大きい流通部門がネット投資に徹底的に抵抗
- 折り込み広告による販売店の健全性=同上
- 優良資産の蓄積=経営者に「任期の逃げ切り」誘因
- コングロマリットの不在=外部人材(情報、経営手法)がなく、伝統的経営
どのビジネスモデルを採用するにしても、記者のマルチメディア対応(あるいは、そのような技量を持った記者への入れ替え)による編集部全体のデジタル化と、(逆説的だが)ネットプロパーな部門のスリム化(早期に黒字化するため。つまり、高水準のコンテンツやシステム構築ができない人は働けない)が必要になる。
そして、(これが一番ありそうにないことだが)業界動向や経理、技術、広告動向の最先端を追う(傍流ではない)ベストアンドブライテストが、少数精鋭かつ自前構築で軽量運営をして、わずかでも利益を出す部門にする必要がある。とりわけ、システムの外注は、10年程度のシステム寿命を持つプリント分野と違い、技術革新が継続するデジタル分野において、慢性的な資金流出となって、永遠に黒字化が望めない原因になる。会社として生き残るためには、不適かもしれない社員を切って、能力ある人材を採用するほかない=アメリカで現に起きたこと
※この点、全国メディアと地域メディアでは、ビジネスモデルも技術も異なる。地域メディアに全国配信能力は無用の長物。
【これからの日本の10年】
- 広告ベース無料サイト
- 「生き残った全国紙」によるナショナルニュース・ナショナル広告の寡占(マス広告の独占)
- 「破綻した地方紙」から分離されたローカルニュース主体サイト(地域広告の担い手?)
- 通信会社・ネット企業・ベンチャー企業によるニュースサイトの比重拡大(通信社加盟問題、費用負担問題)
- (間違いなく)広告単価の持続的低下
- 新聞本体のPRとしての位置付け
- 有料サイト(月単位で300-700円?)
- (成功するにしても)印刷・輸送・販売店網が消滅過程入り
- (成功するにしても)売上額が10分の1、社員が半減
- 地域性消滅による共同通信加盟社間の混乱(地方紙に関して)
- (可能性としては)海外を含む市場拡大
- 集金システム、専用ソフト、専用端末の規格化(あるいは独占的電子流通網の誕生)
- (ほぼ確実に)広告単価の持ち直し
- 直接販売化による新たな競争(サービス、価格)
- 莫大なシステム投資(ダウンできなくなる、決済情報の保持)
- 購読者限定サイト
- 無料文化への抵抗(購読への誘因、読者サービス化)
- ポータルサイトへのニュース提供の制限・禁止、あるいは革命的値上げ(公正取引法などに抵触? 米ではすでに議論の俎上に)
- (恐らく)広告単価の持ち直し
- 比較的軽量なシステム投資(決済情報を保持する必要がない)
業界として最も将来性が高いのは有料モデルだが、印刷流通部門を統合している新聞社の経営者にそれを採用する内的誘因が全くない。大抵記者出身で、単一商品が十分な利益を生んできたために、多角化が失敗しても「泣いて馬謖を斬った」経験がほとんどない(赤字部門の補填をする余裕があり、問題をうやむやにしてきた)経営者に、編集部門を救うために印刷部門を切るという判断ができるはずがない。
主体的に行う可能性があるのは、地域性と販売店網の問題がない日経。もし成功すると、電子的流通網を支配する可能性がある。
携帯端末、電子ペーパーなどによって有料モデルが試行される可能性もあるが、流通を完全に他業種に依存するという現実を受け入れられるだろうか。これも、日経や産経が先行する可能性が高い。
社会全体としての利点が大きく、期待収益も最も大きいため、経営者がリストラ責任と売上額激減(利益は増えるかもしれない)を受け入れられる会社が先行する。それには先行者利益の存在が必要だが、規格化あるいは特許という形だと業界は猛反発するだろう。
株価欄すら廃止できない新聞に、自ら道を開いていく決断力はないと思う。
最も蓋然性の高いシナリオは、全国紙が(倒産しない場合)無料モデルを継続、地方紙が(倒産しない場合)購読者限定モデルを移行するもので、約20年(年3%減)かけて、継続的なリストラで企業規模を縮小しながら、購読者3分の1の世界に移行するのではないか。
規模がどうであれ、影響力がどうであれ、位置付けがどうであれ、ハイビジョン時代にシネコンがあるように、新聞は生き残るに決まっている。問題は「公的関心事」を担うだけの余力を保ち続けるか、編集があまり商業化しないように経営が十分に商業化しうるか、という逆説をもてあそぶ余力が維持できるか、だ。
リクルートやぐるなびは感嘆するほど素晴らしい企業だが、リクルートに派遣切りを、ぐるなびに食中毒情報を扱うことは難しいし、期待するのはお門違いだ。「公的関心事」をどうやって担うかが問題だから、(ほとんど実現可能性はないと思うが)アメリカでは非営利団体化を真剣に検討している。
無料ニュースは私有牧草地を共有地に提供するようなものだ。共有地は使った者勝ちだから荒れ放題、だれも手入れをしない。最も満喫しているのは日本ではYahooだ。無料サイトは「共有地なら自分も広く使えるはずだ」という戦略、有料サイト・購読者サイトは広い公有地の夢を諦める戦略だ。自分の土地を利用されただけで、他人の土地には一歩も入れなかったかもしれない。広く使えてはいるが、元々土地を供出しなかった人の方が気兼ねなく牧草を食べ尽くしているかもしない。土地を提供しつづけている新聞購読者に余裕はもうない。
管理人は、都会から来た商人あるいは共産党に「収入が倍になります」「小作から解放されます」と説得されて協力した中国の農奴が新聞だったと思う。生産高が豊かさの源泉なのに、農業技術の話が全くなかったことを不審に思わなかった。結局、地主が変わっただけで、自由になれなかった。
ネット時代にも、自ら耕さなければならない。
オールドメディアである新聞(紙)が長期的に衰退するのは必然だ。
「公的関心事」をだれが担うことになるかについて、別の例えをすると、道路の維持はどうやってファイナンスするのがいいのか。超微小マイクロペイメントが技術的に可能なら、受益者負担が最適なのか。国や自治体が税金で修繕すべきなのか。有料道路と国道を平行して作る理由はなにか。
これまでは「一日乗り放題券方式」の新聞雑誌と「ガソリン税方式」の民放、「一律税方式」のNHKがあった。ネットはただ乗り、「サービスエリアの売上げが増えるだろう」という甘い算段だった。サービスエリアのテナントの経営者が、道路維持費を負担するつもりはない。
NHKは「一律税方式」だからこそ、ネットへの拡大を使命としている。早晩、受信料負担の意味が問われることになり、「税金」に転化せざるをえなくなるだろう(受信料負担者限定サービスになるかもしれないが、それでは公共放送ではなくなる)。
NYTimesなどが検討しているマイクロペイメント(記事単位課金)はETCによる料金徴収だ。乗り放題券とは「哲学」が異なる。ホリエモンが言ったように、市場(売上げ)がニュース価値を決めるようになるだろう。
あるいは、「国内線ネットワーク」に例えることができるかもしれない。航空自由化で最も利益率の高い基幹線に格安航空会社が登場した。既存航空会社も対抗値下げした結果、利用者は安い運賃を享受できるようになった。これは、ネットワークを維持する必要がある既存会社にとって、一番美味しいところだけすくい取る「クリームスキミング」に他ならない。当初は過去の蓄積で余力があったが、経済環境が悪くなると、採算割れの地方路線を廃止せざるをえなくなった。割高な羽田−福岡が羽田-青森を維持してきた。福岡の人に青森線のために割高になっていることを受け入れることはできない。
採算のとれない青森線は不要だと考える市場主義か、最低限維持すべきナショナルミニマムがあるはずだと考える規制主義か。「社会正義」の問題かもしれない。
(この問題を避けるため、電話ネットワークではユニバーサルサービス料を徴収している)
70%の非購読者のうち、恐らく半数が「公的関心事」に関心を持たない人々だ(パットナム「孤独なボーリング」(正確には、「独りでボーリング」)にある、コミュニティー精神が希薄な人々。別に欠陥があるのではなく、例えば、ネットで麻雀を楽しめるタイプ)。残り半分は、安価になったデジタル新聞を購読する可能性がある。それをターゲットにするメディアは既存の新聞業界から生まれ出るのだろうか。