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最後に笑った歌姫、スーザン・ボイル

スーザンボイルが住む離れを訪ねたとき、小学生が2人、玄関ドアをノックしていた。サインを貰うためだ。だが、彼女はアメリカのフォックスニュースの電話インタビューを受けていた。電話が終わると、彼女は玄関に走っていき、黄色い付箋紙に自分の名前を書いた。「どうしてこんな物が要るの。私の名前なら知っているでしょう」。

いまや世界が彼女の名前を知っている。イギリスITVのオーディション番組「スター誕生(英国は才能を獲た)」が、48歳の教会ボランティアを無名の生活から世界的なスターダムに引き上げた。独身で、魅力的でもない彼女をうすら笑っていた審査員と観衆を、強烈な歌声で絶句させた。
彼女が歌う映像は、動画サイトYouTubeで2800万回も再生された。アメリカのCBSの衛星生放送で歌り、女優のデミームーアから支援を得ることになった。米NBC、ABC、オランダのテレビ、世界中の新聞にも登場した。

Susan Boyle - Singer - Britains Got Talent 2009

ボイルは寝室が四つある家の応接間に招き入れてくれた。彼女は西ロシアンのブラックバーン村に生まれ、育った。礼儀正しく、和やかで、少し恥ずかし気で、突き出た眉が笑っている。2年前、母のブリジッドが亡くなるまで、一緒に住んでいた。いまは猫のペブルと住んでいる。部屋には、友達やテレビを見て感動した人からのお祝い葉書がいっぱいだ。まだ、開けられていない封筒もある。ある手紙には「スコットランド、スター誕生のスーザン・ボイル様」とだけ宛名が書いてあった。

「すごい一週間だった」。窓際の椅子に倒れ込みながら言う。「圧倒されちゃった。怖いくらい。でも、楽しいのよ、笑ってばかり」。
前代未聞の反響に不意を突かれたようだが、彼女には自信があった。私の声は審査員を不意打ちするだろうと思っていた。
「優しいとは言えないことを言う人の声も聞こえました。何を考えているか分かっていました。笑っている様子が見えたし、それは私を笑っているんだとういうことも。でも、私の歌を聴けばすぐに黙り込むだろうと考えました。優れた声と思ったことはありませんが、いい歌手だろうと思ってきました」
母を思って選んだ歌「夢破れて(原題、私は夢を見た)」を歌い出すと、彼女の声が観客と審査員、ピアース・モーガン、サイモン・カウエル、アマンダ・ホーデンの顔から薄ら笑いをぬぐい去った。彼女がエレーン・ペイジ(ミュージカル「キャッツ」で「メモリー」を歌った歌手)のようなプロの歌手になりたいと言ったとき、ギクリと驚いたモーガンは、曲が終わると、「3年間の番組で最大の驚きだ」と認めた。

そのとき、どう思ったか。「うれしかった。それが望みだった」。驚きを露わにした審査員は偉そうに感じなかったか。「いいえ。そうなってうれしかった。とても優しくしてくれていたし」
少し悲しいのは、司会者のアントとデックに話した「ボーイフレンドもいないし、キスもされたことがない」という話に関する憶測だ。
「冗談ですよ。冷やかし、でまかせです。出番前で緊張していたし」と顔を赤らめた。「言いたいのは、いまは独身だし、待っていますが、今のままでも幸せです。恥ずかしいわ、他になんて言えばいいの」

先週まで、彼女は閉じこもった生活をしていた。趣味はテレビと読書。ウィットバーンの修道女教会で、高齢の修道女を訪問するボランティアをしている。「今週は会いに行けなかった。でも、出来るだけ早く戻るつもり」。老いた母の面倒を見るため、仕事を辞めてからは無職だ。
ボイルは大人になってからほとんどの時間を介護に使った。「4人の兄弟と5人の姉妹で、6人が生きています」。しかし、母の面倒は彼女が見ている。父は十年以上前に他界した。
91歳の母の死は、彼女に長い陰を落とした。2年間、彼女は歌わなかった。母は、娘の才能を支援し、歌唱コンテストに参加するように励まし続けた。アップライトのピアノの上には、トロフィーが山のようにある。
「母は「スター誕生」に応募するように言った唯一の人です。一緒に見ていましたから。私が勝てると思ったようです。でも、母が死んで、歌う気持ちにはなれなかった。それまでは、教会の合唱隊やパブのカラオケに毎週行っていたのにね」

「去年の8月、スター誕生のオーディションがあると聞いて、決断したの。母に捧げるつもりで、きっと喜んでくれるだろうと思いました」
ドイルは母が47歳のときに生まれた末っ子だ。難産で、酸欠で少し脳に損傷がある。学校では学習困難と診断されて、いじめの標的になった。信心深い密接な家族が逃れる場所になった。「家では生意気な末っ子でした。大家族では競争ですから」。子供ながらに、彼女は歌が歌えることをみつける。
「赤ん坊のころ泣き叫んで、丈夫な肺ができたのと母が言っていたと冗談で言うんです。でも、12歳のとき、学校と歌唱隊で歌い始めたとき、先生が私には才能があると言ってくれました。子供なので分かりませんでしたが」
ボイルは学校を辞め、西ロシアン大学の食堂で働き、政府の職業訓練に登録した。歌手になることを考えなかったか。「全然。歌ってはいましたが、それは趣味でしたから。とにかく、家では忙しくって」。
時々、劇場にプロの歌手を聞きに行った。番組で歌った曲を最初に聴いたのはエジンバラだった。「息が止まった。素晴らしかった」。

1995年、ボイルはグラスゴーのブレヘッドショッピングセンターにITVの番組「My Kind of People」のオーディションを受けに行った。「緊張して、震えてほとんど歌えなかった。最後まで歌ったけどテレビには出られなかった。準備が出来ていなかったの。いまは違います。準備完了です」。
彼女は地元の声楽コーチ、フレッド・オニールのレッスンを受けることにした。西暦2000年記念のチャリティーCDに「Cry Me a River」を録音した。彼女の唯一の録音だ。

オーディション会場では、地味な外見のせいで、ある種の冷笑を受けることは分かっていた。姪の結婚式の時に買った金のレースのドレスを着たが、髪はそのまま、化粧もしなかった。「彼らが何を考えているのか分かっていたけど、歌えればいいんでしょう? 美人コンテストじゃないんだから」
とはいえ、エンターテイメントの世界では外見は重要だ。イメージチェンジの要請があるとは思わないのか?
「きっと、後で考えるでしょう。いまはこれで幸せです。チビでぽっちゃり。プチ整形なんてして外見に満足するなんてことはない。スーザンボイルのようで何が悪いのかしら」
ボイルは住む場所にも満足している。都会の生活も旅行も興味がない。アメリカでこれだけ人気が出ると、ニューヨークやロスに引っ越したいと思わないのだろうか。「やめてよ。私はブラックバーン村にいます。ここの人だもの。家族もいて、とても助けてくれます」
【ロンドンタイムズ日曜版】

NYタイムズが第一四半期赤字74億円

 NYタイムズの2009年第一四半期決算は、売上げが18.6%減の6億900万ドルで、7450万ドル(74億円)の赤字を計上した。前年同期は33万ドル(3300万円)の赤字だった。
 広告収入が前年比28.4%減(ネット部門の広告は8%減)、ボストングローブの広告は31.6%減少した。会社はグローブに、年間赤字は85億円になる見込みであり、コストカットを達成できなければ廃刊にすると通告している。
 ネット部門の売上げは12.8%(前年11.1%)に上昇した。
 部門別には3行広告の落ち込みが45%と目立つ。ほとんど壊滅的だ。
News Media Group
National $ 169,078 -21.9%
Retail 71,601 -25.0%
Classified 57,802 -45.1%
Other 10,742 -28.3%
Total News Media Group 309,223 -28.4%
About Group 25,438 -2.8%
Total Company $ 334,661 -27.0%

2)グーグルが新ニュースページ
 集めたニュースをこのように見せることができる。必見。
http://newstimeline.googlelabs.com/

Abitibi Bowaterが倒産

1)Abitibi Bowaterが倒産
北米最大の新聞用紙(Newsprint)メーカーが16日に破産法申請、カナダのケベック州政府は雇用確保のため、100億円の債務保証を行った。北米需要の43%を賄う最大手。
2)Kindle、期待以上の売れ行き
 アマゾンのジェフベロス社長が株主向け手紙で「Kindleは最も楽観的な期待を超えて売れている」と報告。数量は明かさなかった。
3)新聞を辞めるとアクセス激減
 2007年末にオンライン専門になったフィンランド紙 Taloussanomatは、印刷版を中止してからWebへのアクセス、報道の質が劇的に低下したという調査。紙がなくなれば、ただのWebサイトになってしまうという意味か。

ピューリッツァー(ピュリツァー)賞決まる

1)2009年(2008年分)のピューリッツァー(ピュリツァー)賞決まる
公共部門ラスベガスサン建設現場で続発した死亡事故に関する、Alexandra Berzonの勇気ある報道
速報部門NYタイムズ州知事のスキャンダル、辞任に関する速報とWeb展開
調査報道NYタイムズテレビに出演する退役軍人に対する国防省の働きかけ、軍関係企業との関係を調査
解説部門LAタイムズ山林火災の危険と戦う試みのコストと効果を検証
地域報道デトロイトフリープレス市長と女性幹部との性的関係、「嘘の暴露のパターン」
イーストバレートリビューン警察の熱心な移民規制が犯罪捜査に及ぼす影響
国内報道Stピーターズバーグタイムズ大統領候補の主張750項目の事実チェック運動PolitiFactを展開
国際報道NYタイムズアフガン、パキスタンでの戦争
批評部門NYタイムズ Holland Cotter美術批評に関して
論説部門WPost Eugene Robinson大統領選に関する批評

 なお、賞金は10000ドル。

2)3月のニュースサイトランキング
 調査会社ニールセンによると、1位はMSNBCで9%増の月間3990万人、2位はCNN、3位がYahooだった。

MSNBC Digital Network -- 39,900,000 -- 9%
CNN Digital Network -- 38,724,000 -- 4%
Yahoo! News -- 37,902,000 -- 16%
AOL News -- 23,604,000 -- 1%
NYTimes.com -- 20,118,000 -- 7%

Fox News Digital Network -- 16,791,000 -- 48%
Tribune Newspapers -- 16,513,000 -- 16%
Google News -- 13,668,000 -- 18%
McClatchy Newspaper Network -- 12,508,000 -- 20%
ABCNEWS Digital Network -- 12,189,000 -- 4%

Gannett Newspapers and Newspaper Division -- 11,609,000 -- (-11%)
USATODAY.com -- 9,961,000 -- (-7%)
CBS News Digital Network -- 9,599,000 -- (-7%)
washingtonpost.com -- 9,367,000 -- 5%
BBC -- 9,022,000 -- 61%

Hearst Newspapers Digital -- 8,323,000 -- 9%
WorldNow -- 8,260,000 -- 4%
Advance Internet -- 8,154,000 -- 16%
MediaNews Group Newspapers -- 7,501,000 -- 17%
TheHuffingtonPost.com -- 6,729,000 -- 27%

Topix -- 6,484,000 -- 27%
Boston.com -- 5,742,000 -- 37%
Daily News Online Edition -- 5,658,000 -- 71%
Gannett Broadcasting -- 5,247,000 -- 1%
Cox Newspapers -- 4,824,000 -- (-2%)

NPR -- 4,814,000 -- 30%
Belo Newspapers -- 4,676,000 -- 33%
Freedom Interactive Network -- 4,630,000 -- 37%
Belo Television -- 4,291,000 -- (-22%)
MailOnline -- 4,251,000 -- 6%

AP通信が宣戦布告

1)米国新聞協会Newspaper Association of America年次総会始まる
 5日からサンディエゴで年次総会が始まる。最終日の基調講演はGoogleCEOのシュミット。

2)AP通信が値下げ
 AP通信は、2010年の新聞社(1500紙)向け契約料を総額35億円値下げすると発表した。2009年も総額30億円の値下げを実施している。この結果、2年間で契約料は3分の2に減る。すべてのニュース素材を使用できる加盟社完全契約(Member Choice Complete service)だけでなく、限定契約(Member Choice Limited)も導入する。
 脱退通告期間も2年から1年に短縮できるようにする。2年縛りの場合は料金を割引する。
 近く、ローカルテレビ・ラジオ局(5000局)向け契約条件も見直す。
 正組合員であるregular memberは1300社、4000社がassociate memberで、APはmember社のコンテンツを独占的に配信する権利を持つ。
 現在14%にあたる180社が脱退をほのめかしている。外国の購読者(subscriber)の契約条件は不明。
3)無断コピーに法的措置
 契約料を負担していないオンラインサイトに対して法的措置を開始するため、ネット上の無断コピーを追跡するシステムを築く。
 Dean Singleton会長はNAA年次総会で「我々はもはや、謝った根拠ない法理論に基づいて歩き回るのを徒手傍観できない。我々は怒り狂っている。もう我慢ならない」と演説し、満場の拍手を浴びた。Googleを念頭に置いた発言だ。(ただし、googleは料金を払っていると言われている)

新聞社のネット戦略

 ウインドウズのデフォルトサイトに設定されているため、大きなPVを持つマイクロソフトネットワークは以前は毎日、現在は産経と提携している。なぜ、読売や朝日ではなかったのか。ニュース媒体のネット戦略は、現在の状態に決定されるかもしれない。

 シェアが高い新聞は、新聞の代替となるネット新聞を作れない。失う物が大きいと考えるからだ。一方、低シェアの新聞は、市場を開拓する動機の方が相対的に大きい。失う物が少ないからだ。だから、読売・朝日・地方紙・専門紙は、読者の購読継続を促すよう、新聞の補完(速報、データ、マルチメディア、双方向)を行い、ニュースを出してはいけない。産経・毎日やコミュニティー紙は安価な新聞として、積極的に印刷版の代替(あるいは第二新聞、携帯用新聞としての市場)をめざす。

 オープンなインターネットが、ナショナル広告と親和性が高いのは当然だ。
 しかし、地域広告やテーマ広告は読者が限定されたサイトしか出せない。大阪の人に札幌のスーパーの広告を見せても意味がなく、クライアントが料金を支払うはずがないからだ。検索語句に応じて広告を掲載するAdWordsなどは、この要望を一部だけ実現している。(成果報酬だから、クライアントと読者のマッチングを最適化する動機が、媒体にもある)。
 地域性(専門性)が高いサイトが地域性の高い広告を獲得するためには、(購読者モデルかどうかに関わりなく)アクセス管理という手間をかけて、読者を制限しなければならない。
 もちろん、全国紙のような地域性の低いサイトでも、アクセス管理を導入することで地域広告を獲得することができる。

 産経の「ウェブファースト」は、新聞代替+ナショナル広告獲得の戦略が最も本体(印刷版)と整合性が高いからだ。読売や朝日がニュースを遅れて掲載し、周辺サイト(発言小町など)に力を入れるのも、補完+ナショナル広告が最適だからだ。

ボストングローブも廃刊か

1)PlasticLogicとテスト合意
デトロイトフリープレスは電子ペーパー端末のPlasticLogic社と戦略提携に合意。電子端末を購読者に販売もしくはリースするため、年内にもテストを開始する。USATodayやFinantialTimesとも提携している。

2)タイムズ社が廃刊視野にリストラ迫る
ボストングローブ紙が4日1面トップで以下のような記事を掲載した。

 NYタイムズ社は傘下のボストングローブに対し、速やかに20億円のコスト削減をしなければ廃刊すると脅迫したと組合幹部が述べた。タイムズ社幹部が、グローブの13の組合との会合で要求した。組合によると、給与削減、年金への企業負担廃止、終身雇用の保障などを含むという。
 削減条件は各組合居と交渉する予定。配達運転手組合(200人)の幹部によると、30日以内に譲歩がなければ廃刊すると幹部が語った。
 グローブは、今週50人の正規社員を削減したが、経営陣は組合幹部に対して「このままでは2009年は85億円の赤字になる」と述べたという。2008年は50億円の赤字だった。
 匿名の社員によると、タイムズ社はグローブの赤字をもはや埋められないという。タイムズ社も2008年は57.8億円の赤字だった。

 グローブ社は、生き残り策として期待されてきた「オンライン版のスーパーローカル化」の先頭を走っていただけに、衝撃が大きい。

3)テレビ欄がデジタル対応
 30日から朝日、日経、日刊スポーツのテレビ欄が、地上デジタル放送のチャンネルに合わせた並び方に替わった。5チャンネルのテレビ朝日が紙面中央に、7チャンネルのテレビ東京がやや左に移動した。「一番目立つのは紙面中央なのは当然として、テレビ欄は横書きなので、視線は必然的に左から右に流れるため、右より左が優位とされてきた」(民放関係者)ためだ。

シカゴサンサイムズが廃刊

1)シカゴサンサイムズが廃刊
シカゴ最古(1844年)のサンタイムズ紙(約30万部)と地域紙100紙を所有するSun-Times Media Group(カナダ資本)が31日に破産法申請、同紙は4月末に廃刊になる公算。
 2008年には収入324億円で赤字が344億円。広告収入が前年比30%減と見込まれ、おまけに、経営者がサンタイムズ売却詐欺で訴追され、118億円の弁護士費用、510億円の未払い税金があった。潰れて当然だ。
 トリビューンと違い、労働者階級の新聞だったが、マードックが1984年に買収し、NYポスト風のセンセーショナルな紙面、保守的な論調に様変わりした。これを嫌って看板コラムニスト、マイクロイコがトリビューンに移った。駆け出しのボブグリーンが入社2年でコラムを持った新聞としても有名。
 これで、マイクロイコが所属したシカゴデイリーニュース(夕刊、ナイトリッダー系、1978年廃刊)、サンタイムズ(1984年にマードックが買収)、トリビューンがすべて破綻した。
2)サンフランシスコクロニクルの買い手
 同紙買収に名乗りを上げたのは少なくとも120社。予想以上で組合は「レイオフが減る」と期待しているが、甘いと思う。
3)ヘラトリがNYタイムズと統合
 海外旅行で欠かせないインターナショナルヘラルドトリビューン(パリ)のサイトが、親会社のNYタイムズの「グローバル版」として統合された。
 1887年にNYヘラルド紙の欧州版として発行されたが、本体が1966年に廃刊。同年にワシントンポスト、67年にNYタイムズが参画、91年からは両社共同経営になった。2002年、NYTはWPに「株を譲ってくれなければ、対抗紙を出す」と脅し、持ち分を買い取り、単独経営になると、WP記事によって醸し出されていた「世界の中心はワシントン」臭が消え、コスモポリタン的編集でNYタイムズ衛星版になった。

中国の外貨準備

 1ドル=1元でアメリカと中国しかない世界を考える。中国は100元の財を生産し、70元分を消費し、30元分を輸出している。アメリカは100ドルの財を生産し、30ドルを輸入、130ドルを消費しているとする。
 アメリカは不足分30ドルを国債もしくは紙幣増刷で賄うが、中国の生産者は最終的にそれを30元に換金するので、中国の中央銀行は30ドルの外貨準備を持つことになる。中国はアメリカからの支払いを元で貰うことはできない。元を発行するのは中国自身なのだから当然だ。ドルを受け入れないなら、物々交換か、貿易をしないか、しか選択肢はない。
 30ドルを銀行に持ち込んだ輸出業者に払う30元は、流通分を回すか(不胎化)、新たに発行する。(非不胎化)

 中央銀行が持つ30ドルは消費以上に生産した中国労働者の汗の結晶だ。外貨を貯め込むだけでなく、中国の生活水準を向上させるために使いたい。
 ところが、学校を建設するにせよ、病院を開設するにせよ、国内で消費するなら費用は元で払わなければならない。元は自らでしか用意できないから、中国国内で国債を発行するか(財政赤字)、単に紙幣を増刷しなければならない(通貨供給量増)。これは、外貨準備に関係なく、財政金融政策の問題だ。
 結局のところ、30ドルがあってもなくても、財政赤字か、インフレを引き起こさないで生活水準を向上させることはできない。

 では、外貨準備は全く役に立たないのか。そんなことはない。中国が生産分以上の消費をする必要があるとき、すなわち、アメリカから輸入するとき、30ドルが活用できる。もし30ドルがなかったら、輸入代金のドルがないのだから、アメリカが元を受け取ってくれない限り、貿易できず、消費=景気を抑制するほかない(経常収支の天井)。外貨準備がある限り、景気の外的制約がなくなる。貿易の「当座預金」だ。

 冒頭の状態が10年続いたとする。中国はGDPの3年分、300ドルの外貨準備を持っているはずだ。しかし、この300ドルは使えない。中国は300ドルの紙切れのために、自らの消費を惜しんできたのだ。ばかばかしさに気づいたとき、中国の取り得る選択肢は2つある。
 一つは、もうアメリカ人のためには働かないことだ。中国は自国消費分だけを生産する。あるいはもっと削ってもいい。300ドルを使って、アメリカから買うことができるからだ。このとき、中国の生産は70元(以下)、アメリカの消費は100ドル(以下)になる。
 もう一つは、自分自身が浪費家になることだ。100元生産し、100元消費してしまう。このときも、アメリカの消費は厭が応にも100ドルになる。アメリカがインフレになるのは自業自得だ。
 結局のところ、中国の過剰な経常黒字は、アメリカのために、自らの消費を削って働いているに等しい。増大した生産力を自ら享受しなければ、他人が享受してしまう。

 30年前の日本はどうしたか。
 変動相場制に切り替えた。
 中央銀行がドルを持っていても仕方ないのだから、市場に任せることにしたのだ。輸出は落ち、外貨準備も増えなかったが、実質消費は切り上げられてアメリカの消費水準に追いついた。それでも輸出は残り、民間がドルを持った。米国債や米国資産を買うことができた。

 山積みの外貨準備を抱える中国は、抱え込むほどに変動相場制に移行しにくくなる。外貨準備を減価させることになるからだ。自分たちの汗の成果を、よりによってドル建てにした自業自得だ。「シャツを8億枚売って飛行機を1機買った」30年前の苦しみを忘れられなかったかもしれない。
 固定相場制を維持するならば、生産を抑制するか、消費を拡大するしかない。個人の消費を拡大するには、社会保障などが十分にならないと無理だろう。結局、政府が代わって消費してやり、輸出に回らないようにしなければならない。財政赤字と猛烈なインフレが避けられない。このインフレによって、輸出を抑えられるのだから。そして、インフレによって貯蓄を馬鹿馬鹿しいものにし、個人消費を増やさなければならない。
 変動相場制に移行すれば、元の切り上げによって輸出が減退し、デフレに陥るだろうが、財政赤字を増やすことはない。代わりに外貨準備が減価する。
 中国のジレンマは、仮想敵国のペーパーマネーを得るために働くことで、繁栄していることにある。日本ですら、プラザ合意で「もうお札は結構です」とアメリカに言えたのに、彼らには言えない。しかし、決断を先に延ばせば、外貨準備がますます積み上がってしまう。